ごきげんよう、みーです。
早生まれとは、1月1から4月1日までに生まれたことや、生まれた人のことを示す言葉です。
4月スタートの学校の枠内で考えると、遅生まれになります。
私は、早いの遅いのどっちなの⁈と混乱し、二十歳くらいでやっと意味が分かりました(笑)
私は早生まれの中でも早い生まれです。
世間で囁かれている「早生まれあるある」からいくつかを、
実体験から検証していきたいと思います。
① 小学低学年頃まで体格が小さい
0才から6才くらいまでの間で、1年間は大きいです。
1年というか、生まれたてと生後1ヶ月比べても全然、別の生き物みたいですから。
私の場合、周りと比べて体格差はなかったです。
身長は、見事なくらいずっと真ん中でした。
虚弱体質でガリガリの体型というわけでもなかったです。
身長順で整列する時とか、普通生まれ(7月から11月までが誕生日)で私より背が低い子たちに、
「みーちゃんの身長ちょうど真ん中でいいな。」と羨ましがられていました。
② 知能に差がある
これはありますね(笑)
私なんて、むしろ、知能に差があることを逆手に取り開き直っていました。
「みんなより1才差というハンデを持っているのに、授業に付いていけてて偉い。」と、自分自身を褒めてあげるのは、もちろん、更に開き直りは加速します。
「出来なくても仕方ないよ。」
「点数悪くてもいいよ。」
「算数が分からなくても大丈夫だよ。」
「だって早生まれだも〜ん。」といった具合に、完全に自分を甘やかしていました。
まわりの早生まれも同じ考え方だろうと、思い込んでいました。
密かに思い続けていた「早生まれバカ説」を、大人になってから披露したのですが、まわりにいる早生まれの友人知人に否定されてしまいました。
「早生まれだからこそ、負けず嫌いになって努力したり頑張るはずですよ。なんで、みーさんは違うんですか?」
「私も早生まれだし、まわりにも早生まれの子いるけど、みんな頭いいですよ。」
「生まれ順とか関係ないだろ。環境だろ。俺、中学までは神童って呼ばれてたし。」
だの言われました。
「もし、賢い早生まれの人がいても、子供時代は知能が遅れていて、大人になってから追い付いたんでしょうよ。」と考えていましたが、そうでもないらしいです。

③ みんなより年下という優越感がある
あるある笑
まわりが年を取るなか、自分が年を取るのは最後の最後なので、すごく嬉しかったです。
しかし、私は、いつの時代も1番の年下になることは出来ませんでした。
なぜか、私より年下の子がいつも、小中高大どの時代にも同じクラスに1人はいたからです。
1番でなくてはダメってわけではなないです。
2番目でもいいです。
でも、なんだか複雑な気持ちで歳を重ねていました。
そして、学校を卒業してしまうと、学年の括りがなくなります。
年下も年上もたくさんいる会社で働くと、早生まれとか何も関係なくなります。
「37歳も40歳も変わらないよね。」とか年下の人に言われたりして、学年の括りからの解放感を味わえます。
年下である優越感は、学生のうちだけかと思います。
④ 性格が甘えん坊になる
甘えん坊だからか分からないですが、小さい頃は泣き虫でした。
すぐ泣いちゃうからという理由で、ケンカの仲間に入れてもらえなかった記憶があります。
私が通っていた保育園では、ケンカは3人対3人くらいで行われていました。
ケンカ勃発の原因は、オモチャです(そこは幼児らしく)
同じオモチャで遊びたい女子グループ同士が、「さあ、このオモチャを使って、どちらのグループが遊ぶのかケンカするわよ!」みたいな感じでケンカが始まります。
ケンカと言っても、暴力はナシです。
口ゲンカです。
そして、ケンカが始まる前に友達に必ず言われていた言葉が、
「みーちゃんはすぐ泣いて、私達がケンカ負けちゃうから、あっちで遊んでていいよ。」
です。
おかげさまで、ケンカに参加したことは、ありません。
みんながケンカをしている間は、もう1人いつもケンカの仲間に入れてもらえない子がいたので、その子と遊んでいました。
まさに取り合いになっているオモチャで遊んでいました(笑)
そして、しばらく経つとケンカをしていた子達は、ケンカとかどうでも良くなり始めます。
結局みんなで仲良く遊びましたとさ、めでたしめでたしというのが、お決まりパターンでした。
早生まれは、得しかしないと思います(笑)
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